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福岡地方裁判所 昭和36年(ヨ)79号 判決 1961年12月27日

申請人 石川徳三郎 外二名

被申請人 太陽タクシー株式会社 外一名

主文

(一)、申請人石川徳三郎、同中村実が、被申請人太陽タクシー株式会社に対し、申請人幾永菊一が、被申請人スタータクシー株式会社に対し、それぞれ、雇傭契約上の権利を有する地位を仮に定める。

(二)、被申請人太陽タクシー株式会社は、申請人石川徳三郎に対して、金十一万六百十五円二十二銭及び昭和三十六年十二月以降毎月末日限り金四万七千六百二十六円宛を、申請人中村実に対して金八万千百五十三円二十九銭及び昭和三十六年十二月以降毎月末日限り金三万四千九百四十一円宛を、被申請人スタータクシー株式会社は、申請人幾永菊一に対して、金八万四千六百五十円三十銭及び昭和三十六年十二月以降毎月末日限り金三万六千四百四十六円六十六銭宛を、それぞれ支払わなければならない。

(三)、申請費用は、被申請人等の負担とする。

(注、無保証)

事実

申請人等三名訴訟代理人は、主文第一、三項同旨並びに「被申請人太陽タクシー株式会社は、申請人石川徳三郎に対して毎月金四万七千六百二十六円、申請人中村実に対して毎月金三万四千九百四十一円を、被申請人スタータクシー株式会社は、申請人幾永菊一に対して毎月金三万六千四百四十七円を、それぞれ昭和三十六年三月七日以降毎月末日までに仮に支払わなければならない。」との仮処分の裁判を求め、その申請の理由として、

(一)、被申請人等は、共に、タクシー業を営む株式会社であるが、申請人石川は昭和三十一年十一月九日、同中村は昭和三十二年三月二十五日、それぞれ被申請人太陽タクシー株式会社(以下太陽タクシーという。)に、申請人幾永は昭和三十三年十月一日、被申請人スタータクシー株式会社(以下スタータクシーという。)に、いずれも運転手として期間の定めなく雇傭された。なお、被申請人等の代表取締役は、同一人(吉川秀雄)で、その従業員は現在太陽スター合同労働組合を結成している。

(二)、太陽タクシーは、昭和三十六年三月七日、申請人石川、同中村に対して、スタータクシーは、同日、申請人幾永に対して、書面により、それぞれ次のとおり解雇の意思表示をした。

(太陽タクシーの為した解雇の意思表示)

「一、健全な労資関係を結び、正常な業務に復帰させるための、スト解決に際して、会社の経営方針に反対し、不当に金銭を要求し、脅迫的言辞を弄することは、社員としてあるまじき行為と判断する。従つて、就業規則第三十五条第四項に基いて解雇処分にする。

二、太陽スター合同労働組合からの要求書による間接的な除名処分を受け、組合からの要求が正当なものであると、経営者は判断する。

右の理由により昭和三十六年三月七日附解雇を申渡す。」

(スタータクシーの為した解雇の意思表示)

「一、健全な労資関係を結び、正常な業務に復帰させるための、スト解決に際して、会社の経営方針に反対し、不当に金銭を強要し、脅迫的言辞を弄することは、社員としてあるまじき行為と判断する。従つて就業規則第二十四条第三項に基いて解雇処分にする。

二、太陽スター合同労働組合からの要求書による、間接的な除名処分を受け、組合からの要求が正当なものであると、経営者は判断する。

右の理由により昭和三十六年三月七日附解雇を申渡す。」

(三)、しかし、右の解雇の意思表示は、いずれも就業規則の適用を誤り、正当の理由なきものであつて、無効である。即ち、太陽タクシー就業規則第三十五条は、「左の各号の一に該当するときは三十日前に予告するか又は三十日分の平均賃金を支給して解雇する。」とし、その第四号は、「四、本社従業員として不適当と思われるとき。」と定め、また、スタータクシー就業規則第二十四条は、「左の各号の一に該当するときは会社は三十日前に予告するか又は三十日分の平均賃金を支給の上解雇することがある。」とし、その第三号は、「三、やむを得ない事業上の都合によるとき」と規定している。そして、前記のとおり、被申請人等は、本件各解雇の意思表示において、解雇基準として、それぞれ、右各条項を明示しているが、申請人等には、右各解雇基準に該当する事実はないのである。

(四)、仮に、右の主張が理由がないとしても、本件各解雇の意思表示は、解雇権を濫用したものとして、民法第一条第三項に違反し、無効である。元来解雇は、その雇傭関係に即して考えて信義に反しない場合に、はじめて有効な権利の行使と認められるが、本件各解雇は、些細なことに口実を設け、解雇を相当とするほどの事情もないのに行われたもので、社会通念上とうてい是認し得ないものであり、当事者間の信頼関係を裏切るものである。従つて、解雇権を濫用したものというのほかはない。

(五)、被申請人等の賃金は、いずれも毎月二十八日をもつて支払日とし、前月二十一日から当月二十日までの分を支払う定めであつた。申請人等が、前記のとおり、被申請人等に雇傭されていた昭和三十五年十二月、昭和三十六年一月及び同年二月において、それぞれ支払いを受けた手取賃金(固定給、稼働給、残業手当、家族手当等を含む。)並びにその間の平均手取賃金は、別紙に記載のとおりである。ところが、被申請人等は、前記のとおり、解雇の意思表示を為した後は、申請人等の就労を拒否し、賃金も支払わない。

(六)、申請人石川は、妻及び子供二人を、同中村は、妻及び子供二人を、同幾永は、妻及び子供一人をそれぞれ扶養し、被申請人等より支払われる賃金のみによつて、生活を維持していた。従つて、このまま、現在提起準備中の本案訴訟における判決の確定まで待つときは、申請人等の生活は破壊され、回復し得ざる損害を蒙ることとなる。よつて、地位の保全と賃金の仮払いを求めて、本件申請に及ぶ。

と述べ、被申請人等の主張事実に対して、

(七)、(イ)、(被申請人等主張の事実(二)について)本件各解雇の意思表示がなされた際、被申請人等は、それぞれ、申請人等に対し、被申請人等の主張のとおり解雇予告手当の支払いをなす旨口頭告知し、その受領を催告したこと、

(ロ)、(被申請人等主張の事実(六)について)申請人等が、本件解雇後、被申請人等主張のとおり福岡県タクシー運転者共済組合に加入して、タクシー運転業務(いわゆる白タク)に従事していたことがあること、

(ハ)、(被申請人等主張の事実(七)について)申請人等が、それぞれ、被申請人等から、その主張の日時に、前記解雇予告手当の支払いを受けたこと、

の諸事実は認めるが、

(ニ)、(被申請人等主張の事実(三)について)被申請人等の主張する如き、申請人等に対する解雇の事由があること、

(ホ)、(被申請人等主張の事実(七)について)申請人等と被申請人等との間において、被申請人等の主張する如き雇傭契約解除の合意がなされたこと、

(ヘ)、(被申請人等主張の事実(八)について)申請人石川、同中村が、昭和三十六年三月七日の一日分の賃金の支払いを受けたこと、

は、いずれも否認する。

なお、被申請人等は、「解雇自由の原則」を援用し、申請人等を解雇する為めには、何等特段の理由を要しないと主張するが、これは誤りである。仮に、解雇自由の原則そのものは認めるとしても、使用者が、就業規則上解雇基準を設定した場合は、使用者は、その自由なる解雇権を自ら制限したものとして、その解雇基準該当者以外は、解雇できないことになる。本件の場合、被申請人等は、いずれも、就業規則に解雇基準を設定して、本件解雇においても、前記のとおり、その適用を明示しているのである。従つて、被申請人等が、解雇の自由を主張する余地はない。

と答えた。

被申請人等両名訴訟代理人は、「申請人等の申請を却下する。申請費用は、申請人等の負担とする。」との裁判を求め、申請人等の主張に対して、

(一)、申請人等主張の事実(一)は、被申請人等の業務、当事者間の雇傭関係、被申請人等の代表取締役並びに労働組合の関係につき、申請人等の主張事実を全て認める。

(二)、申請人等主張の事実(二)の解雇の意思表示が為されたことについても、その主張事実を全て認める。なお、その際、被申請人等は、いずれも、申請人等に対して、三十日分の解雇予告手当を支払う旨口頭告知し、その受領を催告した。

(三)、申請人等主張の事実(三)については、太陽タクシー就業規則第三十五条第四号及びスタータクシー就業規則第二十四条第三号に、それぞれ、申請人等主張のとおりの規定があることは、認める。

しかし、雇傭契約上、使用者は、解雇自由の原則に基き、従業員を、特段の解雇を正当とする理由なくして、解雇し得る。本件各解雇も、被申請人等が、右解雇の自由に基き、労働基準法第二十条第一項本文後段の手続に則つて、為したものである。従つて、右各解雇は、いずれも有効である。

しかし、仮に、解雇が有効である為めには、正当事由を要すると解しても、申請人等には、それぞれ次のとおりの事実があり、これは、本件各解雇における正当事由にあたることは勿論、前記の太陽タクシー就業規則第三十五条第四号、スタータクシー就業規則第二十四条第三号に定める各解雇基準にも該当する。即ち、

(1)  昭和三十五年八月一日から同月七日まで、太陽タクシー、スタータクシーの各労働組合は、夏期手当要求の争議を行つたが、申請人等を含む非組合員等は、争議に参加しなかつた。ところが、右争議の終了に際して、申請人等を含む非組合員八名は、被申請人等が、右争議が終ることを事前に連絡しなかつた点を不服とし、右八名につきそれぞれ一人当り金五十万円を支払えと、被申請人等に強要した。

(2)  この不当な要求に対して、被申請人等は、同月八日から同月十一日まで、再三右八名と協議したが、右八名は、その要求を撤回せず、結局、被申請人等は、右八名に対して、合計金五十万円を支払うことで、これと妥協せざるを得なかつた。そこで、右のとおり、被申請人等は、合計金五十万円を支払うことを約し、右八名に対して、これを二十五万円宛二度に分割して、同月末日までに支払つた。

(3)  ところが、昭和三十六年一月末にいたつて、被申請人等の従業員によつて結成されていた太陽スター合同労働組合は、右五十万円の支払いを為した事実を知り、同年二月二十四日の組合大会で、申請人等を解雇すべきことを決議し、かつ、その旨被申請人等に要求した。この要求は、極めて強硬であつて、申請人等と右組合員等との間の感情的対立を融和することは、とうてい不可能であり、被申請人等が、右要求を拒否するときは、事業の運営に重大な支障をきたすが如き事態に発展すると認められた。かかる事情の下で申請人等との雇傭関係を継続するときは、企業内の平和と秩序とを維持することもできない。

以上の理由によつて、本件解雇を為したのである。

(四)、申請人等主張の事実(四)の解雇権濫用は、全て否認する。

(五)、申請人等主張の事実(五)の、賃金の関係については、賃金の算定方法、支払日及び本件解雇の意思表示を為した後は、被申請人等が申請人等の就労を拒否したこと、並びに申請人中村の手取賃金(固定給、稼働給、残業手当、家族手当を含む。)の昭和三十五年十二月分、昭和三十六年一月分及び同年二月分の額については、いずれも、申請人等の主張のとおり、これを認めるが、その余の事実は否認する。なお、申請人等の昭和三十五年十二月分から昭和三十六年二月分までの手取賃金(固定給、稼働給、残業手当、家族手当を含む。)及びその平均手取賃金は、別紙記載のとおりである。

(六)、申請人等主張の事実(六)の仮処分の必要性については、申請人等の扶養家族の点及び申請人等が被申請人等から支払われる賃金のみで生活していたかどうかの点は不知、仮処分の必要性ありとの主張は、争う。申請人等は、本件解雇後、いずれも全国連合会加盟福岡県タクシー運転者共済組合に加入し、いわゆる白タクの運転手として稼働しているので、仮処分の必要性はない。

(七)、仮に、本件解雇の意思表示が、申請人等主張の如く、いずれも無効であるとしても、申請人等は、昭和三十六年三月九日、いずれも、被申請人等に対して、前記の解雇予告手当の支払いを求めて、その支払いを受け、同時に、申請人等と被申請人等との間に、それぞれ、本件各雇傭契約を解約する旨の合意が成立した。

(八)、また、申請人石川、同中村の請求する賃金のうち、昭和三十六年三月七日の一日分については、昭和三十六年三月九日、太陽タクシーにおいて支払いずみである。

と述べた。

(疎明省略)

理由

(一)、被申請人等が、それぞれ申請人等主張の如き業を営む株式会社であること、申請人等主張の如く、申請人等がそれぞれ被申請人等に雇傭されたこと、被申請人等の代表者が申請人等主張の如く同一人であること、現在被申請人等の従業員が申請人等主張のとおり合同労働組合を結成していることは、全て当事者間に争いがない。

(二)、申請人等主張の日時に、被申請人等から、申請人等に対して、申請人等主張のとおりの解雇の意思表示が為されたこと、並びに、その際、被申請人等主張のとおりそれぞれ解雇予告手当の口頭の提供が為されたことは、いずれも、当事者間に争いがない。

(三)(A)、被申請人等は、まず、解雇自由の原則を援用して、本件各解雇の有効を主張する。使用者が雇傭契約上「解雇の自由」を保有していることは、被申請人等の主張するとおりと考えるが、しかし、それはあくまで原則であつて、個々の労働契約、就業規則又は労働協約等で、これに有効な制限を加えることもできる。そうして、申請人等は、本件各雇傭関係においては、被申請人等が、就業規則に解雇基準を定めていることにより、被申請人等の解雇権は、その基準に該当する場合だけに制限されていると主張するので、以下本件各就業規則と解雇の自由との関係を考えてみる。

(B)、(太陽タクシーの就業規則)太陽タクシー就業規則第三十五条第四号に、申請人等が、主張するとおりの規定があることは、当事者間に争いがない。さらに、成立に争いのない疎乙第一号証によると、右第三十五条には、そのほか、第一号「医師の診断の結果精神若しくは身体に故障があるか又は虚弱老衰若しくは疾病のため業務に堪えないと認めたとき。」第二号「技術、能率が著しく不良であつて、上達の見込がないと認めたとき。」第三号「三十二条の見習期間満了したとき。」の記載があり、また懲戒解雇及び規則上懲戒の文字は用いていないが、労働者側の非とすべき事由に基く解雇の場合として同規則第五十条第一ないし第四号、第五十一条第五号、第三十六条第三号、同条第二、第四ないし第七号の、自己都合による退職としては同規則第三十六条第一号の、各規定がある。しかし、以上が、太陽タクシー就業規則中にある雇傭契約の解除事由に関する規定の全てであつて、後記スタータクシー就業規則第二十四条第三号に相当する一般的な事業上の都合を理由とする解雇の定めはない。そこで、この就業規則の解釈上、右に述べた解雇基準該当事由のある場合のほかは、解雇を許さぬ趣旨と考えるべきかの点については、右疎乙第一号証(就業規則)を見ると、前記のように、労働者側の原因に基く解雇の場合は、各条項に、予測せらるべき各種の場合を概ね網羅して解雇基準を定め、かつ、第三十五条第四号の「本社従業員として不適当と思われるとき。」、第五十条第四号の「其他不都合な行為があつたとき。」というような補充的、包括的な規定も置いている反面、使用者側の原因に基く解雇(たとえば、企業整備の必要に基く人員整理とか、その他いわゆる事業上の都合による場合。)の場合の解雇基準を設けていない。しかし、かかる解雇の必要が生じ得ることは、現在社会における私企業の地位からみて、当然のことであつて、使用者が一方的に作成する就業規則に、この種の基準が設けられていないからといつて、直ちに、その就業規則が、かかる解雇を許さない趣旨であるとの解釈は、とることができない。他に本件就業規則上、この解釈と反する趣旨に解すべき根拠となるような規定も見当らない。しかしながら、無制限の解雇を許す趣旨と解釈することもできないのであつて、もともと解雇自由の原則に基き、特段の理由なくして労働者を解雇し得べき使用者が、わざわざ就業規則上、労働者側の原因に基く解雇基準を、前記のとおり定めているということは、使用者の有する自由な解雇権を自ら制限して、社会通念上解雇を正当とする事由(いわゆる正当事由)がある場合にのみこれを解雇し得るものとし、かつ、それが労働者側の原因に基く場合を種々想定して、就業規則上に、具体的解雇基準を定めかつ前記のとおり、補充的、包括的な規定を設定した趣旨よりすれば結局、労働者側の原因により解雇する場合は、本就業規則の解釈上、列挙せられた各解雇基準のいずれかに包含されるべき場合に限る趣旨と考えるのが相当である。しからば、明文はないけれども、この就業規則の解釈として、その解雇が労働者側の原因に基く場合以外の場合(即ち、事業上の都合による場合。)であつても、使用者は、なお、社会通念上解雇を正当とする理由がある場合に限つて、解雇を為し得る趣旨であると解するのを相当とする。(スタータクシーの就業規則)スタータクシー就業規則第二十四条第三号に、申請人等が主張するとおりの規定があることは、当事者間に争いがない。そして、成立に争いのない疎乙第二号証によると、他に三十日前に予告し、またはこれに代る予告手当を支給して解雇する場合として同規則第二十四条第一、二号、懲戒解雇の場合として同規則第三十二条第一ないし第八号、第三十三条第三号、第二十五条の諸規定がある。ところで、右の第二十四条第三号は「やむを得ない事業上の都合によるとき」は解雇するという抽象的、包括的な解雇基準である。これを、懲戒に関する右第三十二条第八号「其他前各号に準ずる不都合の行為あつたもの」という規定と併せて考えると、本件就業規則の解釈としては、前記太陽タクシーの場合と同様、解雇は正当事由のある場合のみに制限し、その正当事由を労働者側の事由によるときと、それ以外の場合(結局使用者側の原因=事業上の都合に帰すると考えられる。)とに分類して積極的に就業規則上の解雇基準として取入れられているものと解される。太陽タクシーの場合との相違は、使用者側の原因に基く解雇の正当事由が、「やむを得ない事業上の都合による。」ときという規定で、就業規則上明文化されている点にある。そうして、それが、前記のとおり抽象的、包括的な規定であることにより、使用者側の原因に基く解雇も、解釈上右の解雇基準に該当する場合にのみこれを許し、太陽タクシーにおける場合の如く、就業規則上の解雇基準をはなれて、正当事由を求めることは許されないと考えられる。

(C)、そこで、以下、申請人等に、被申請人等が主張する如き就業規則上の解雇基準に該当する事実があるかどうか、また、更に、太陽タクシーの関係では、右解雇基準に該当する事実のほか、前記の「解雇を正当とする理由」があるかどうかを考えてみる。前記理由中(一)、(二)に認定の諸事実に、成立に争いのない疎甲第一ないし第三号証、同じく疎乙第三号証、証人岡田秀雄、同香月牧市、同高山建二、同谷本和則、同高尾博明、同梅木剛、申請人本人石川徳三郎、同中村実及び同幾永菊一の各供述(但し、各供述中、後記の措信し難い部分は除く。)に証人高尾の供述により成立を認め得る疎乙第四号証を綜合すると、次の諸事実を認めることができる。

(1)、太陽タクシーは、従前から現代表者吉川の経営にかかるもの、スタータクシーは、昭和三十四年十月、右吉川が代表取締役に就任したものであるが、労働組合は、それまでスタータクシーにのみ結成されていた。ところで、太陽タクシーには、会社任命による班長制度があり、運転手五名位を一班として、班長が業務指導、会社の指示の伝達等にあたつていたが、昭和三十五年二月頃と同年五月頃との二度にわたつて、従業員の間に、班長制度の打倒を目指す動きがあり、それぞれ従業員大会が開かれた。その後同年六月頃から、夏期手当の要求をめぐつて、従業員の間に、労働組合結成の意見が有力になり、同年七月遂に太陽タクシーの従業員中運転手並びに整備工場の工員等のうち約五十四、五名は、労働組合を結成した。申請人石川は、太陽タクシーに入社後、約半年で班長となつたが、右の組合結成については、申請外香月牧市、同坂井春男、同山崎重幸の各班長及びこれに同調する申請人中村、申請外高山建二等と共に、これはもともと班長排斥運動に関連するもので、組合結成を主宰した者達は、かねて班長に対して、羨望、ねたみを持つていたので、自ら班長になりたいという慾望を抱き、その手段として前記の班長制度打倒を主唱し、また組合を結成したのだと考え、組合結成には反対の立場に立ち、加入もしなかつた。

他方、太陽タクシーの会社側は、昭和三十五年一月中旬頃、右班長等を、代表取締役吉川の居住する佐世保市に招集したのをはじめ、同年七月、後記の争議開始までの間、数回にわたり、右の班長等反組合派を、福岡市内奈良屋ビル、又は同市天神町旅館「吉豊」などに招き、吉川自ら、或は仁科総務課長、申請外岡田秀雄(右吉川の娘婿にあたり、当時は、右吉川の経営にかかる申請外西肥バスの経理課長であつた。)等においてこれと面会して、従業員の組合結成運動の阻止、或は従業員の懐柔の為めの方策を協議し、会社側に協力を求めたが、その際、会社側に協力を求めるについてはその身分の保障はする旨の会社側の発言もあつた。これに対して右班長等は、協力を約し、それぞれ、後記の争議開始までの間に、酒席を設けて従業員と話し合うなど、懐柔工作に従事するところがあつた。また、スタータクシーにおいても、代表者吉川は、昭和三十五年一月、右太陽タクシーの班長等を佐世保に招いた後、更に申請人幾永を、同様佐世保に呼び寄せ、前同様従業員の懐柔につき協力を求め、その際、相当従業員との間に摩擦を生じるかも知れぬが信念をもつてやつてくれ、身分については心配しなくてよいなどと申向け、申請人幾永も協力を約束した。証人高山の供述中反組合運動を会社が要求した際身分保障の話は出なかつたようだとの供述部分は、この点の認定に供した前記疎明資料に照して措信できない。

(2)、太陽タクシー労働組合は、夏期手当の要求を掲げて、昭和三十五年七月三十日、ストライキに突入し、同年八月三日頃から、スタータクシー労働組合員(当時は二名のみ)も、これと同調してストライキを行つた。この間、非組合員は、争議をしなかつたが、ことに右スタータクシーの組合が争議に入つた後は、ピケツトのため、両社とも、事実上全く稼働できなくなつた。この争議は、組合側の当初の要求額二万六、七千円が、夏期手当一万八千円、立上り資金千円の支給という線で妥結し、同年八月七日午前十時に終了した。

(3)、申請人石川ほか前記の太陽タクシーの班長等、及びこれと同調して、会社に協力する立場に立つていた申請人中村、申請外高山並びにスタータクシー所属の前記申請人幾永、及び同じく反組合派であつた申請外西山等の合計八名は、争議終了の当日、このことを察知するや、前記の太陽タクシーにおける班長排斥のこともあり、また反組合の立場であることも考えて、妥結条件によつては、自分等の立場も危くなるのではないかと不安を感じ、争議の経過及び妥結の内容の詳細を知るべく会社側に連絡をとり、前記岡田の指示に従い、同日午後四時頃から福岡市内の旅館「青竜」で岡田と面会した。しかし、このとき、岡田は、「ストは負けた。」「班長の扱いについては、私は西肥の会計課長だからはつきり言えぬ。」などと、右八名の不安をかりたてるような回答をしたのみならず、右八名の退職をほのめかすような口吻すらあつたので、右八名は、これまで会社側に協力して来た事実を挙げ、このまま就労するときは、組合員と対立して暴行、傷害事件すら発生しかねないと主張し、今後の保障として、八名に対し、一人当り金五十万円を支払えと要求した。証人岡田は、この要求に際して、右八名は「八人中一人が犠牲者となればよい。初犯なら五年ですむ。社長と掛け合いに行く。」などと脅迫的言辞を弄したと供述する。しかし、はたして誰が言つたかは、疎明が全くないし、証人香月、同高山、申請人石川、同中村、同幾永の過激な言動はなかつた旨の供述と対比して考えると、右の要求の際に、右岡田の証言どおりのことが述べられたことまでは直ちに認定することができないが、なお、右岡田の証言及び証人谷本の供述によれば、右八名は、相当激しい言辞をもつて会社側に右要求を突きつけ、会社側を困惑せしめたことを窺い知ることができる。なお、右金五十万円の要求は、後記「栄屋」において、はじめて為した旨、及びそれは、即時支払いの要求ではなく、八名等の危惧していたような傷害事件などが発生した場合の保障として、会社内に積立てておいて貰いたいとの要求であつた旨の証人香月、同高山及び申請人石川、同中村の各供述部分は、前記岡田及び谷本の各証言に照らして措信し難い。

その後、右八名は、同月八日、右岡田及び調停に入つた申請外田中富士石油社長と、更に同月九日は、代表者吉川と、それぞれ、福岡市内の旅館「栄屋」(右八名は、八月七日の夜から栄屋に宿泊し、就労していなかつた。)において交渉したが、会社側は、ただ出勤をうながすに止り、金員の支払いは拒んでいた為め、話はまとまらなかつた。しかし、次に八月九、十の両日、斡旋を買つて出たスタータクシー所属の操車係谷本和則を通じて交渉した結果、会社側は、右八名に合計金五十万円を支払うことで、妥結を見るにいたつた。この金員は、その後二回に分割して右八名に支払われた。証人香月、申請人石川は、右金員は、これまで、右八名等が会社の要求に応じて従業員の懐柔工作に支出した酒代、会社の招集に応じて指定場所(会合場所)に赴いたときの車代、右栄屋の宿泊費、組合員家族と同居している者の引越料等に当てる金員である旨供述するが、右の明細を認めるに足る疎明はなく、また証人谷本の、右八名に費用をつけ出して貰つたら一人当り一万七千円位を書いて出したとの供述に照らしても、全部が右証人香月等の供述の如き性質の金であるとは認め難く、まして、これが会社側に対して法律上請求し得べき金員であることはとうてい認めることができない。

(4)、そこで、右八名は、前記八月十日の話し合い解決後、出勤したが、スタータクシー関係の申請人幾永、申請外西山が差支えなく就労できたのに対して、太陽タクシー関係においては、その労働組合側が、右八名等が、争議終了後も直ちに就労しなかつたのは、第二組合の結成を計画していたのではないかと疑い、申請人石川、同中村その他太陽タクシー関係の四名の就労に対して異議を申立てた。太陽タクシーの会社側は、やむなく、右申請人石川以下の六名に、一時休業補償を支給して、就労せしめないことにし、その間、再び前記田中及び申請外林県会議員などが斡旋した結果、組合側が、強く就労に反対した申請外香月、同山崎を除き、同年九月五日附をもつて出勤通知が会社から発せられるに至つた。しかし、全員就労を主張する右申請人石川以下の六名は、更に、申請外吉富九州電力労働組合書記長を通じて交渉した結果、同年九月十三日にいたつて、申請人石川、同中村、申請外坂井、同高山の四名は、同月十四日から就労すること、申請外山崎は労働基準法第二十六条による休業手当を支払つて休業とすること、同香月は病気の為め、同法第五十一条に基き、就業禁止とすることの協議が調い、同旨の覚書(疎甲第三号証)が作成され、紛争は一応終了したかにみえた。

(5)、ところが、右協議の成立よりさき、同年八月、争議終了後、太陽タクシーとスタータクシーの従業員は、太陽スター合同労働組合を結成したが、その後同年九月上旬頃、右申請外西山は、右合同労働組合の田畑委員長に、前記五十万円の支払いを受けた事実を告げ、「会社から金を取れ。」「百万とつたら三十万円、五十万とつたら二十万呉れ。」などとそそのかした。そこで、右委員長及び同組合南里書記長、松井執行委員の三名は、前記岡田に面会して、右五十万円支払いの点を詰問し、組合の切崩しをしているのではないかと責めたところ、右岡田は、右田畑等三名に金十万円を供与して、この問題を内密に伏せ、一般組合員に知れるのを防止しようと計り、右田畑等三名に右趣旨の金員を提供した。右田畑等三名は、右岡田の申入を承諾して、右金員を受領した。しかし、翌昭和三十六年二月頃、右松井が、前記五十万円交付の件を、地区労(福岡地区労働組合協議会)にもらしたため、地区労を通じて、太陽スター合同労働組合の組合員がまず右五十万円の件を知り、これを理由に組合員が会社側に抗議したことから、会社側が、右十万円交付の件も併せ公表するという意向を示したため、已むなく、右田畑等三名が、その十万円受領の件も、組合員に公表せざるを得ない結果となり、右三名は、これを公表すると同時に、組合役員の地位を辞し、会社を退職した。

(6)、このときまでに、前記の申請人を含む八名中申請人等三名及び申請外香月を除く四名は、すでに会社を退職していたが、太陽スター合同労働組合は、同年三月二日、会社側に対して、右金五十万円を交付した行為並びに組合役員買収の行為に抗議し、会社が事態収拾の為め責任ある処置をとることを要求する趣旨の要求書と題する書面(疎乙第三号証)を提出し、併せて、右申請人等及び右香月を退職せしめるよう要求した。そこで会社は、この要求を容れて、病気の為め、現に就労していない右香月を除き、申請人等三名に対して、前記のとおり本件解雇の意思表示を為すにいたつた。

他に以上の認定を左右すべき疎明資料はない。

(D)、そこで、右に認定した諸事実が、前記((c)の冒頭)のとおり、各解雇基準に該当するかどうか、或いはまた、解雇の正当事由となり得るかどうかの点であるが、太陽タクシー就業規則第三十五条第四号は、それが前記のとおり、解雇を正当とする事由の一例であると考えられる関係から、ただ会社が従業員として不適当と考えたというだけではたらず、当該事実を理由として、その従業員を雇傭関係に留めておくことが不適当であり、解雇されてもやむを得ないと社会通念上客観的に判断し得る場合でないと、解雇できないものと考えるのが相当である。本件をみると、なるほど、申請人石川、同中村は、他の六名と共に、前記認定の如き方法で、法律上これを請求する権利があるとは認め難い金員を要求し、またこれが原因となつて、組合と会社との間に紛争が生じたのであるから、この点のみを考えると、従業員として不適当と判断されても仕方がないようにも考えられる。しかし、更に遡ると、この事件の発端は、そもそも会社側が、従業員の懐柔、労働運動の阻害などの目的に、右申請人等を利用したことにあると考えられ、しかも、(イ)、昭和三十五年八月十日、栄屋での交渉妥結後、組合から別段異議の出なかつたスタータクシーの関係では直ちに就労できているし、太陽タクシーの関係でも、申請人等の就労がおくれたのは、会社側の積極的な拒否に基くものではないこと、(ロ)、前記昭和三十六年三月二日の組合の要求がなかつたならば、本件解雇もなかつたであろうと考えられること、(ハ)、そして、右の組合の要求が為されるに至つた原因の一つには、申請人等の関知しない組合役員買収の件が挙げられていることの諸事実がある。これ等のいきさつから考えると、申請人石川、同中村については、いまだ太陽タクシー就業規則第三十五条第四号に定める解雇基準に該当するものではないと考えるのが相当である。そして、被申請人は、申請人石川、同中村と組合員等との感情的対立は融和し得ざるもので、右申請人等を雇傭に止めておくときには、企業内の平和と秩序とを維持できない状態にあつたと主張するが、その主張の趣旨に副う証人高尾博明、同梅木剛の供述及び前掲疎乙第四号証の記載によつても、この問題に関して会社側と組合側に全く話合いの余地がなかつたとまでは認め得ないし、またはたしてどの程度の話合いがなされたものか他にこの点の疎明もないのであるから、右の被申請人の主張はこれを認め得ない。従つて、他に、右申請人等を解雇することについての正当事由の存在もこれを認めることができない。次に、スタータクシー就業規則第二十四条第三号の解釈としては、「やむを得ない事業上の都合」とある以上、これを本件にあてはめて考えてみると、申請人幾永を解雇することなくしては、職場秩序の維持ができず、業務の円滑な運営が期待できない場合に、はじめて該当すると解される。ところで、前記のとおり、申請人幾永は、栄屋における協議成立後、直ちに何等の支障もなく就労できたのであつて、会社側としては、昭和三十六年三月二日の合同労働組合の要求がなかつたならば、本件解雇をすることがなかつたであろうことが容易に推測できる。そして、この点に関しても、前記太陽タクシーと同一の理由により、会社側と組合側との間に全く話合いの余地がなかつたとまでは認められないし、どの程度の話合いが為されたかについては疎明がないから、結局申請人幾永も、スタータクシー就業規則第二十四条第三号に定める解雇基準に該当するものとはいえない。

以上の以理由により、解雇権の濫用の点を判断するまでもなく、本件被申請人等が、申請人等に対して為した各解雇の意思表示は、無効と認められる。

(四)、次に、被申請人等の主張する雇傭契約の合意解約の点を考えてみると、申請人等が、それぞれ被申請人等から、その主張の日時に、その主張の解雇予告手当の支払いを受けたことは、当事者間に争いがない。しかし、この事実をもつて、直ちに、雇傭契約の合意解約が為されたことを認めることはできないし、他にこの点の被申請人の主張を認めるに足る疎明資料はない。

(五)、そこで、賃金の点を判断する。申請人等主張の賃金の算定方法、支払日及び本件解雇の意思表示後は、被申請人等において、申請人等の就労を拒否したこと、並びに申請人中村の関係での申請人等主張の手取賃金額(昭和三十五年十二月分から昭和三十六年二月分まで。)は、当事者間に争いがない。また、別紙記載のとおり、申請人石川、同幾永の、昭和三十五年十二月分ないし昭和三十六年二月分の、申請人等主張の手取賃金額については、被申請人等主張の額がこれを上まわり、結局申請人等の主張する範囲内では、当事者間に争いがないことに帰するから、いずれも申請人等の主張するとおりこれを認めることができる。そこで、その平均手取賃金額は、申請人石川の分が金四万七千六百二十六円、申請人中村の分が、金三万四千九百四十一円三十三銭(被申請人主張の金三万四千百八十二円は、誤算と認める。)及び申請人幾永の分が、金三万六千四百四十六円六十六銭となることは、計算上明らかである。従つて、申請人等の主張のうち、申請人幾永の分の右金額を超える部分は、失当であるし、申請人中村の分については、申請人等の主張の範囲内でその額を認めることとなる。

(六)、被申請人等の、申請人石川、同中村に対する昭和三十六年三月七日の一日分の賃金は、すでに太陽タクシーにおいて支払いずみであるとの主張については、申請人等はこれを否認し、この抗弁を認めるに足る疎明資料はないから、結局この抗弁は採用することができない。

(七)、次に、仮処分の必要性については、申請人石川、同中村、同幾永の供述により、右申請人等の扶養家族の関係、及び右申請人等はいずれも、本件解雇当時まで、被申請人等から支払われていた賃金のみをもつて、生計を樹てていたことを認めることができる。この認定に反する疎明資料はない。しかし、本件解雇後、申請人等が、期間の点を除き、全国連合会加盟福岡県タクシー運転者共済組合に加入し、いわゆる白タクの運転手として稼働していたことは、当事者間に争いがなく、成立に争いなき疎甲第五号証と、前記申請人等三名の供述によれば、その稼働していた期間は、昭和三十六年四月中旬頃から同年九月十日までであつて、その間、申請人石川、同幾永は、前記の被申請人から支払われていた賃金の五ないし六割程度の収入を得ていたことが認められる。そうすると、申請人中村の、その収入の点は疎明がないけれども、右の事実と、申請人等が、前記のとおり解雇予告手当の支払いを受けている事実、並びに、特に借金等を有して、返済に追われているような特段の事情の疎明がないことなどを考えあわせると、申請人等三名は、とにかく、昭和三十六年九月十日までは、右の解雇予告手当並びに白タク営業による収入で、その生活を維持して来たものと推測される。しからば、必要性の点の判断としては、申請人等の地位保全の申請は、これを認め、賃金仮払いの申請は、申請人等が、白タク営業に従事することを辞めた昭和三十六年九月十一日以降の、前記(五)に認定の各平均手取賃金の仮払いを得させる限度で認めるのが相当であると考えられる。

(八)、よつて、申請人等の本件仮処分申請に対しては、地位保全の申請の全てと、昭和三十六年九月十一日以降の前記認定の各平均賃金の限度での仮払いの申請を、保証を立てさせないで認容することとし、申請費用の負担については、民事訴訟法第九十三条、第九十二条を準用して、被申請人等にこれを負担せしめることとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 江崎弥 至勢忠一 岡野重信)

(別紙省略)

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